Philosophy of SAIBI

建築と機能のあわい

労働のための機具、人に便益をもたらす家什[1]、人間中心的な人工造形物。一連の概念と決別することなく日本人の根もとにある暗黙知領域にある感性をとりこんだ、否定と克服を知らぬ土壌で生まれた執務家具。威風を纏いながらも安寧をもたらす神殿や千年杉を思わせる構成美と自然美による、新たな洗練のかたち。

1. 家庭で用いる道具類のこと。家具。

ノン・ボーダーな威厳

かつて労働団体における権威は、当人や取り巻く環境を個別化し、それ以外の人々と視覚的もしくは心理的距離をとることで存在感を示してきました。これを仮に「冷たい権威」とするとき、「あたたかみのある権威」もまた存在すると私たちは考えます。憧れに足る素質を有し、他者との境界をつくることのないオープンネスを備える人物であるために敬愛される人物像。時代によってアップデートされる威厳や威風のムードを捉えたオブジェクトは、人を中心に据えた執務空間における個の尊重と、組織全体の調和を実現します。[Fig 1]

Fig 1. ノン・ボーダーな威厳

労働と情感を結ぶもの

「見ることは信じることであるが、触れることは理解することである」。あるスウェーデンの臨床外科医の言葉です。私たちは身体性を抜きにして、世界と自分自身を深く結びつける手立てをもたず、同様に、五感のいずれかのみでは世界の全容を捉えることが難しいと示唆する一文でもあります。ならばこそノイズにならない、調和的な五感への刺激を内包する調度品が身の回りにある時、より深く、より鮮明に世界に触れ、世界に働きかけるヒントを得られるはず。私たちはそう考えます。

― 手が活動的であると考えは遠くに行き、創造の軌跡を打ち壊し、名案を形成する
 (Göran Lundborg)

つながる動き

庭に配された敷石は、人に足の運びを示唆すると同時に、次なる足の置き場がどこにあるかを把握させ、動きのために必要な身体の記憶を思考することなく導きます。促されるままに体を動かす。こうした直観的に流れる所作を可能にする形態設計は、ある側面において使い手に対する設計者からの言葉なきホスピタリティであり、もてなしなのです。

― 私の身体を取り巻く諸対象は、それらに対する私の身体の可能的行為を反映している
 (Henri Louis Bergson)