Vol.24 EVENT REPORT
「当事者研究Lab.」「ヘラルボニー」と障がいのある方の視点を学ぶ実践型ワークショップを開催~Diversity & Inclusion & Innovation FESレポート【後編】~
掲載日 2025.02.27
12月3日に品川オフィス(THE CAMPUS)、12月9日に大阪梅田オフィスにて開催された「Diversity & Inclusion & Innovation FES」。「障がいを知り、社会のバリアに配慮しながら、イノベーションにつなげよう」をテーマに、トークセッションやワークショップ、展示などさまざまな企画が展開されました。
レポートの後編では、ダイバーシティ起点でオフィスの改善点を探るインクルーシブデザイン体験や、主に知的障がいのある作家のアートエージェンシーとして活動する株式会社ヘラルボニー様を招いて実施した、障がいのある方視点を学ぶ体験型研修の様子をご紹介します。
※コクヨグループでは「障がい」の表記としていますが、当事者研究Lab.様およびヘラルボニー様のスタンスでは「障害」と表記します。今回はコクヨwebサイトのため表記を「障がい」に統一しています。
▼レポート前編はこちら
「オムロン」「デロイトトーマツグループ」の事例を交えて、D&Iの最前線を知る
THE CAMPUS を巡り、オフィスの改善点を探る東京大学先端科学技術センターの熊谷晋一郎教授
品川の社員にもインクルーシブデザインを身近に感じてほしい
コクヨの品川オフィスTHE CAMPUSにおいて、コクヨ流のインクルーシブデザインのプロセス「HOWS DESIGN」を体験しながら、オフィス内の課題を見つけることを目的に開催されたワークショップ。当日は、事前エントリーで募った約40名のコクヨ社員が参加。リードユーザー(※)には、東京大学先端科学技術センター教授の熊谷晋一郎様をはじめ、並木重宏様、綾屋紗月様、喜多ことこ様の4名の熊谷研究室(当事者研究Lab.)の皆さんに参加いただきました。
(※課題を明らかにし、ともに解決するためにワークショップに参加する障がいのある方 、高齢者、外国人などのユーザー)
当事者研究Lab.公式サイト:https://touken.org/
自己紹介する熊谷教授(左)と並木様(右)。「当事者研究Lab.」では、さまざまな障がいをもった研究員たちが自身の特性と向き合いながら、苦労のメカニズムや対処法の解明に取り組んでいます。
冒頭はモデレーターを務めたコクヨの天廣友香さんより、企画主旨について説明がありました。「コクヨの大阪本社には『HOWS PARK』というダイバーシティオフィスがあります。このHOWS PARKにおける実際の商品開発を通して、大阪の社員たちにはインクルーシブデザインがたいぶ身近になった一方で、品川の社員たちにはまだ少し距離があるのかなと感じています。そこで、拠点に関わらずインクルーシブデザインをもっと身近に感じてもらおうと、このワークショップを企画しました」
モデレーターを務めるコクヨの天廣 友香さん(ワークプレイス事業本部 ワークスタイルマーケティング本部 顧客コミュニケーション企画部)
リードユーザーとの対話で探る、THE CAMPUSの改善点とは?
熊谷研究室の4名のリードユーザーを含めたコクヨ社員たちは、4チームに分かれ、実際にTHE CAMPUS内を巡りながら、空間や設備、ツールなどさまざまな観点でオフィス内の課題や改善点を探りました。
オフィスにある板面が傾斜したホワイトボードの使い心地についてディスカッションする熊谷教授
さっそくチームに分かれ、会議室や個人席などの執務スペースに入り、リードユーザーの行動観察を行うコクヨ社員たち。観察だけではなく、「周りの音環境はどうですか?」「他社員の視線は気になりますか?」「机の高さはどうですか?」「通路は通りにくくないですか?」など、リードユーザーに対する積極的な問いかけも多くありました。
実際にオフィス内を巡りながら、オフィスの改善点を探るリードユーザーとコクヨ社員たち
ワークショップで見えた改善点を未来のオフィス・ものづくりに活かす
グループワークの後は、再度4チームが集まり、まずはリードユーザーの皆さんよりご自身の特性や、THE CAMPUSを周って気付いたインクルーシブ起点での課題や改善点を共有し合いました。熊谷教授は「私は上半身と下半身、体幹に障がいがあり、移動と、移動した先での作業の両方が難しい状態です。本日のワークショップを通して、私の中で大きな気付きとなったのは『車いすをオフィス化する』という発想です。ただし、ソロ作業は問題なくても、チーム作業では人との柔軟な連携が必要であり、そのバランスの難しさを感じています」と話されました。
喜多様は「発達障害を持つ私の視点から、フリーアドレスに憧れはある一方で、実際に試してみると周りの環境の変化や知らない人の多さに少し戸惑ってしまうなと感じました。ですが、THE CAMPUSのようにフロアごとに雰囲気が違うのは、自分の特性に合った環境を見つけられるので、すごく良いと思います」と、THE CAMPUSの特徴と絡めながら、良かった点や課題点を挙げられました。
実際にオフィスを巡って感じた課題を共有する熊谷教授
綾屋様からもオフィスを回ったうえで感じた課題点を共有いただいた
続いて、コクヨ社員からもグループワークを通して気付いた課題が発表されました。例えばオフィスの設計や設備に関して、「行動観察を通して気付いたのは、私たちが何気なく歩いているオフィスでも、床にコードや障害物があったり、通路が狭くスロープが急だったりすることで車いすの方が移動しにくそうでした。またトイレも使いにくく、そもそもの数が圧倒的に足りていないということがわかりました」といった意見や、「実際にホワイトボードを使っていただきましたが、立てつけの設計が足元に配慮されておらず使いにくそうでした。また標準の机や家具の高さが合わず、背の高い人や車いすユーザーにとっては不便そうだと感じました。あと、備品やイスは種類が多すぎても混乱を招くため、ある程度絞った方が選びやすそうでした」といったツールに関する意見も飛び交いました。
リードユーザーとともにオフィスを巡って気付いたオフィスの改善点を発表するコクヨ社員
車いすのリードユーザーだけではなく、感覚過敏の方の行動観察では、「音や熱、床材の切り替わりなどの細かい環境変化を強く感じてしまうため、空間や設備の細かな調整が重要だと気付きました。またチーム作業をする際には進行ルールの明示が心理的な負担軽減につながり、みんなが快適に働ける環境づくりに役立つのでは」と設備やツールに限らず働き方においても気付きとなった点が挙げられました。
さらに、普段家具やオフィスのデザインをしている社員からは、「オフィスのトレンドでもある『コンクリート打ちっぱなし』や『スケルトン』といった構造や材質は、見た目はおしゃれでも音環境が悪く、議論がしづらいといった発言がリードユーザーの方からありました。空間構築のうえで、美観だけでなく機能性との両立という観点ではまだまだ可能性があるなと感じました」と今後の業務にどう活かすかという観点で発言がありました。
最後に、コクヨ執行役員の森田耕司さんの総括では、「本日のワークショップを通じて、利用者が感じる課題や本質的なニーズについて多くの気づきを得られたと思います。例えば、家具を使う場面では誰もが『指を挟みたくない』などといった根本的な思いがあると思いますが、それは障がいの有無関係なく共通しています。そういった思いに目を向け、今後の設計に活かすことの大切さを再認識しました。また、従来は85~90%の利用者に対応できれば良いと考えでしたが、残りの10~15%のニーズを取り入れることで、より多くの人にとって使いやすい製品が生まれることも改めて実感しました。今後はこの経験を基に、より多様なニーズに対応する製品づくりに取り組みたいと考えています。熊谷研究室の皆さんをはじめ、参加者の皆さんには今後も協力をお願いしたいと思います」と伝えられました。
「当事者研究Lab.」の皆さんとのワークショップの総括をするコクヨの執行役員(ワークプレイス副事業本部長)森田 耕司さん
そして熊谷教授からは、「ものづくりの第一線で活躍されている皆さんとのワークショップを通して、私たち自身も多くの気付きがありました。中にはすぐに解決できないものや、必ずしもみんなにとって便利だとは限らないものもあると思いますが、それらをどう解決していくかを、皆さんとともに可能性を追求していきたいと思います」と本日の感想が伝えられました。
ヘラルボニーが提案!障がいを疑似体験するボードゲームを使ったワークショップ
続いて、ヘラルボニー様を招いて実施した障がいのある方の 視点を学ぶ体験型研修の様子をお届けします。ヘラルボニー様は違いや多様性をクリエイティブな視点で解決しようと活動をされている今注目の企業です。
・株式会社ヘラルボニー公式サイトHP:https://www.heralbony.jp/
ヘラルボニー様による進行は手話で行われ、通訳の方が訳した言葉がリアルタイムでモニター上に文字起こしされる仕組みが使われました
今回の体験型研修では「みんなと一緒にボードゲームを楽しむ」ことがミッションに掲げられましたが、「ただのゲームではありません」とヘラルボニー様。「皆さんにはグループに分かれて ボードゲーム をしてもらいますが、ゲームの前に一人ずつ役割カードを引いてもらいます。カードには『手が使えない役』『車いすの使い手役』『見えにくい役』『限られた言葉しか話せない役』などといった役割が書かれており、皆さんは自分が引いた役になりきって、ゲームをしてください」と、手が使えない役には「ミトン」、見えにくい役には「視野狭窄めがね」などそれぞれの役割になりきるためのツールが配られました。
ミトンを身に付けてカードをもつ参加者(左)と視野狭窄めがねを身に付ける参加者(右)
ボードゲームで発見した多様な人とともに楽しむための工夫とは?
それぞれの役になりきったところで、ボードゲームをスタート!…したのですが、さっそくさまざまな障壁が。「配られたカードの色が見えにくい」「そもそも手が不自由だとカードが持ちにくい」「車いすでは、机の真ん中にカードを置きにくい」などの声が続々と参加者から上がりました。
それぞれの役になりきるためのツールを身に付けて、ボードゲームに取り組む参加者たち
慣れない状況下でゲームを進めていく参加者たち。終了の合図とともに、ヘラルボニー様よりこんな投げかけがありました。「皆さん、体験してみていかがでしたか?やはり制限がある時より、ない時の方が楽しめたのではないでしょうか?また、ゲーム中に困っている人を支援する場面もちらほら見かけましたが、そういった支援する側の人たちも本当に心からゲームを楽しめたと言えるでしょうか?」
不自由さを体験したところで、続いてもボードゲームに取り組んだのですが、次は全チームにミッションが与えられました。それは「与えられた役割に関わらず全員が楽しくゲームに参加できるように、ルールを3つ考える」というもの。参加者たちの前には「どれでも好きなツールを使ってOKです」と、ペン、ノート、付箋、レジャーシート、マイクなど、さまざまなツールがずらり。それらを使って「全員がゲームを楽しむためにはどうしたらいいか」をチームで話し合いました。
全員が楽しくゲームに参加できるように、さまざまなツールを使ったルール作りが検討されました
不自由の原因やそれをどうしたら解決できるのかを各チームでディスカッションし、その結果を踏まえてさまざまなツールを使いながら、参加者たちは再度ボードゲームに挑戦しました。
ゲーム終了後、各チームがどのような解決策を思いついたのかをお互いに発表。例えば「イスではなく全員レジャーシートに座ることで、車いすの人も同じ目線で楽しめるようにしました」「話せない人のために付箋にメッセージを書いて、指差しで言いたいことを伝えてもらうようにしました」といった工夫が見られました。
障がいの有無に関わらず、全員が楽しむためにさまざまツールを活かしながらボードゲームに取り組む参加者たち
ボードゲームを使ったワークショップの総括で、ヘラルボニー様は「今回皆さんにお伝えしたかったのは、ルールや工夫によってより多様な人たちと一緒に楽しめる仕組みを作り出せる可能性があるということです」と強調されました。「例えば、道具の使い方やルールの捉え方が人それぞれ異なる中で、多くの場面では少数派が多数派に合わせることを求められがちですが、実際には誰もが使いやすい形を追求することが重要です。また、『助ける・助けられる』という一方的な関係ではなく、互いにフラットな関係で共有できる仕組みを考えることも大切です。このワークショップを通して気付いたことを、ぜひ日常生活に置き換えて考えてみてほしいと思います」
多様な視点で「働く・学ぶ・暮らす」につながる企画を考える
ヘラルボニー様との最後のワークショップでは、コクヨの事業領域である「働く」「学ぶ」「暮らす」に関する以下3つテーマからチームごとに1つお題を選び、さまざまな障がいのある人が一緒に参加できるような企画の立案に取り組みました。
どんな企画なら誰もが平等に楽しめるのか、チームごとにディスカッションしました
以下3つのテーマから1つを選択。チームごとに企画を立案しました。
「働く」:1月の中期計画発表に伴い、部門横断の新プロジェクトが発足しました。メンバー10人が招集されました。PJ名「多様性あるチームメンバーのコミュニティをサポートする」です。あなたはPJリーダーとしてキックオフの15分のアイスブレイクを検討しています。その内容と必要な配慮を考えてください。
「学ぶ」:2030年、小学校の学ぶには多様性が取り入れられ、障がいのある方もない方も、ともに学び合うことが当たり前になりました。あなたは新1年生の担任です。初めての授業で15分の相互理解の学びからスタートします。どんな授業を考えますか?
「暮らす」:TOGOSHI寮で管理人になりました。住人は、障がいのない人や視覚障がい、聴覚障がい、発達障がいなどさまざまな障がいがある人が一緒に住んでいます。あなたは新人歓迎のコンパの幹事になりました。どんな企画をしますか?
チームでのディスカッション後、代表して「働く」を選んだチームからどのような企画を考えたのか発表がありました。このチームでは「参加者全員がフラットに話せること」を重視して企画を考えたと言い、「例えば好きな食べ物や趣味を紹介し合ったり、自己紹介が苦手な人もいると思うので、イエスかノーで答えられるような質問をあらかじめ用意しておいたりすると話しやすいのかなと思いました」といった意見が挙がりました。
ディスカッションの結果を発表する参加者
コクヨのインクルーシブデザインの現在地を知る!商品展示会
最後に、「Diversity & Inclusion & Innovation FES」と同時開催された商品展示会「HOWSのイロハ!?展」の様子をご紹介します。
展示されたのは、コクヨ流のインクルーシブデザインのプロセス「HOWS DESIGN」で開発された文具、事務用品、家具などの商品たち。社員たちにとって、商品がもつ背景を知り実際に触れてみることで、コクヨのインクルーシブデザインの現在地を知るとともに、次の製品開発のヒントを得る貴重な機会となりました。
展示の一例。利き手を問わず切りやすい「ハサミ<サクサ>」が展示されました
ダイバーシティとインクルージョンが生み出す可能性を深く体感した今回の「Diversity & Inclusion & Innovation FES」。トークセッションやワークショップを通じて、障がいのある方の視点からオフィス環境や働き方を見つめ直す機会が設けられたことで、参加者一人ひとりが新たな気づきを得る場となったのではないでしょうか。今回の学びを活かして、コクヨはよりインクルーシブな未来を築くために、さまざまなパートナーと手を取り合いながら新たな価値を創造していきます。
取材日:2024.12.03
取材・執筆:木田千穂
編集:HOWS DESIGN チーム