電動昇降デスクで切り替える。鈴木岳.さん流「立つ習慣」

働く環境づくりに関わる人のリアルな悩みや課題に寄り添う「働くコンシェルジュ」。デスクワークの「座りっぱなし」は、体やパフォーマンスにどんな影響があるのでしょうか。スポーツ医学博士の鈴木岳.さんに、電動昇降デスクで立つ習慣を取り戻すコツとおすすめのストレッチを伺いました。

  • photo:Masahiro Shimazaki、R-body
  • edit:Wakana Yamazaki、Maki Funabashi
  • interview& text:Maki Funabashi

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Profile

鈴木岳.さん

R-body Inc. 代表取締役、筑波大学教授(協働大学院)、博士(スポーツ医学)、アスレティックトレーナー。

ワシントン州立大学を卒業後、全米公認アスレティックトレーナー(ATC)の資格を取得。筑波大学大学院にて博士(スポーツ医学)を取得。2003年、ライフパフォーマンスをサポートするトレーナーカンパニー、株式会社 R-bodyを設立。アスリートの体づくりから、一般人の健康管理までをサポート。夏季・冬季合わせて7回の五輪にトレーナーとして帯同。

ワーク環境は、体のすべてに影響する

編集部 : 鈴木さんは長年、予防医学の観点から人々の健康をサポートされていますが、デスクやイスなどのワーク環境が、私たちの体やパフォーマンスを左右する大きな要因になるのでしょうか?

鈴木さん : 自分の体の健康を左右する要因には、自分自身の体や心といった「内的要因」と、それ以外の「外的要因」があります。ワーク環境は、そのうちの「外的要因」に当たりますね。

編集部 : なるほど。「外的要因」であるワーク環境は、比較的コントロールしやすいのでしょうか。

鈴木さん : そうです。ワーク環境というのは一番手っ取り早く変えられる要因なんです。デスクやイスを変えたり、部屋の明るさを調整したり。ちょっと意識すれば介入できる。だからワーク環境をどう作るかが、健康やパフォーマンスを左右すると言ってもいいくらいです。

編集部 : その環境の中でも、今デスクワークは中心的な働き方になってきていると思います。長時間座りっぱなしでいることは、やはり良くないのでしょうか?

鈴木さん : 良いか悪いかで言ったら、良くはないですね(笑)。そもそも人間の体は動くことを前提にできているのに、じっと座りっぱなしっていうのは不自然なんです。ただ、誤解しないでほしいのは、「座ること自体が悪」なのではないということ。私たちの体に良くないのは「座り続けること」なんです。

座りすぎは、体とパフォーマンスに悪影響

編集部 : 座り続けることで、具体的にどんなよくない影響が出てくるのでしょうか?

鈴木さん : 血の巡りが悪くなったり、筋肉の動きが止まったりします。血の巡りが滞ると、当然、脳にも十分な血がいかなくなるので、思考が鈍ったり、アイデアが出にくくなったりします。また、体を使わなければ、筋肉はどんどん衰えていきますね。

編集部 : 心当たりがありすぎて、怖くなってきました……。

鈴木さん : もっと怖いのは「体の記憶」です。長時間座っていると、体はその姿勢を覚えてしまいます。座った状態の股関節が曲がったままの状態を記憶してしまうので、立ち上がったときに猫背になったり、不自然な歩き方になったりするんですよ。

編集部 : たしかに、長時間座った後に立ち上がると、なんだか体が固まっているような感覚があります。

鈴木さん : そうですよね。座りすぎによって、骨盤が後ろに傾く「骨盤の後傾」が起きやすくなります 。骨盤が後傾するとその上の背骨も丸くなり、肩甲骨が外側に開いてしまいます。この姿勢が続くと体のあちこちに負担がかかり、姿勢が悪くなるという悪循環に陥るんです。

手を前に出して猫背になることで、骨盤が後傾する人が多いのだそう

編集部 : そうなった場合、どんな症状が出ることが多いですか?

鈴木さん : 特に多いのが、腰痛ですね。本来、背骨には地面からの振動を吸収する役割があるのですが、骨盤が後傾した姿勢で歩くと吸収する機能が失われてしまうので、腰に負担がかかってしまいます。さらに歩幅を広げて歩こうとすると、腰を反って歩くことになるので、より腰に負担がかかるんです。こうした悪い姿勢の連鎖は腰痛だけでなく、肩や首のこり、ひどい場合は椎間板ヘルニアにつながることもあります。

編集部 : まさに悪循環ですね……。

鈴木さん : 座りすぎは本当にいろいろな悪循環の入り口なんです。

デスクワーク中に「立つ」と体は変わる

編集部 : その悪循環から抜け出すには、どうすればいいのでしょうか?

鈴木さん : 一番簡単で効果的なのは「立つこと」です。重力がある限り、人間は常に重力という負荷に抗うために筋肉を使っています。座っている状態だと下半身の筋肉を使っていませんが、立つと骨盤が自然に立ち、重力に抗うために全身の筋肉が働く。無意識に筋肉が使われるようになるんです。

編集部 : 立つだけでいいんですか?

鈴木さん : ただ立てばいいというわけではありません。正しい姿勢で立つことが大切です。正しい姿勢とは、横から見たときに「耳の穴、肩、股関節、膝、くるぶしが一直線上にある状態」です。

編集部 : 正しい姿勢、なんだか難しそうです……。

鈴木さん : そうですよね。そんな方のために、誰でも簡単にできる正しい姿勢の作り方があります。

【鈴木さん伝授!正しい姿勢の作り方】

1.まっすぐ立つ。
2.息を吐きながらお腹をへこませ、呼吸を自然に行いながらその状態をキープする。
3.手の甲が前から見えないように、両手のひらを前に向ける。
4.肩甲骨を寄せるように意識しながら、両腕をグルグルと回す。
5.そのまま肩をぐっと上にあげ、下におろす。


鈴木さん : この方法で立つと、背骨の上部にある胸椎が自然と伸びて、胸を張った姿勢になります 。これは、胸のかご状の骨格の胸郭が動いて正しい呼吸ができるようになるためにも非常に重要です。

編集部 : 正しい呼吸もできるようになるんですね。

鈴木さん : 悪い姿勢でいると、胸郭が固まってしまい、呼吸が浅くなります 。呼吸が浅いと、横隔膜が十分に動かず、肺に十分な空気が取り込めません。すると、体は首と肩の筋肉を使って無理に呼吸をしようとするため、慢性的な肩こりの原因にもなります。さらに、呼吸が浅いと眠りも浅くなってしまいます。

編集部 : デスクワークが原因で、肩こりや睡眠の質まで悪くなるとは……。

鈴木さん : 正しい姿勢でいることは、正しい呼吸を促し、血流を良くし、脳を活性化させます。創造性も高めるためにも、正しい姿勢は大切なんですよ。

コクヨの電動昇降デスク、どう活用する?

編集部 : そこで、立つ姿勢と座る姿勢を切り替えられる電動昇降デスクが役立つわけですね。

鈴木さん : そうそう。数年前から僕も昇降デスクを使っていますが、デスクの高さを変えられるのは本当に大きい。パソコン作業をするときと、オンライン会議するときで切り替えて使っています。

編集部 : どんなタイミングで、デスクの高さを切り替えるのがおすすめですか?

鈴木さん : ルールはありません。まずは試してみることが大切です。最初は10分でも30分でもいいので、自分が心地いいと思える時間で座る時間と立つ時間を交互に繰り返してみるといいと思います。慣れないとずっと立ち続けるのはしんどい。僕も最初は、ふくらはぎがパンパンになったりしました(笑)。慣れてくれば、心地よく立つことができるようになってきますよ。

立ち作業時は、「肩がすくまず腕がリラックスできるぐらいの高さがおすすめ」

編集部 : コクヨの電動昇降デスクで、鈴木さんが注目している機能はありますか?

鈴木さん : 自分のベストポジションを登録できる「メモリー機能」はすごく便利ですね。オンライン会議や集中して作業したいときなど、立って仕事するときに「ちょうどいい」と感じる高さをいくつか登録しておくと、簡単に切り替えられるので楽ですね。これは電動式だからこその仕組みで、手動式の昇降デスクにはない大きな利点だと思います。

メモリー機能やリマインダー機能を搭載

編集部 : 座りっぱなしを防げそうですね。

鈴木さん : そういう視点で言うと、座り時間の経過を教えてくれる「リマインダー機能」もいいと思いました。最初はうっかり立つのを忘れてしまいがちなので、お知らせしてくれると「立たなきゃ!」と思いますしね。

デスクワーク中におすすめのストレッチ

編集部 : 立つ時間を増やす以外にも、デスクワーク中にできることはありますか?

鈴木さん : 簡単なストレッチを取り入れると、姿勢や体のこりの改善に役立ちますよ。まずは「肩回し」。肩甲骨を意識して動かすことで、肩こり解消に繋がります。

【肩甲骨まわりをほぐすストレッチ】

1.
両腕を曲げ、拳を握ったら親指を出して肩につける。

2.
肘を上にあげていき、円を描くようにしながら腕を後ろへ大きく回す。
同じように、反対回しも行う。

鈴木さん : 背中の後ろで肘を寄せていく時、背中の後ろで肘と肘がくっつくようなイメージで行いましょう。肩関節だけを動かすのではなく、肩甲骨が動いていることを意識してください。

編集部 : 他におすすめのストレッチはありますか?

鈴木さん : 座りすぎで固まりやすいお尻の筋肉を伸ばすストレッチもおすすめです。

【お尻を伸ばすストレッチ】

1.
イスに座り、片足をもう片方の足の膝の上にのせて脚を組む。

2.
背筋を伸ばしたまま、骨盤を折りたたむように体を前に倒し、お尻の筋肉が伸びているのを感じながらこの姿勢をキープする同じように反対側の足も行う。

編集部 : ありがとうございます! デスクワークの合間に気軽にできそうですね。

鈴木さん : 立って仕事するのもストレッチも、「まずやってみる」ことから始めてみてください。無理にやろうとする必要はありません。最初は疲れるかもしれませんが、少しずつ続けることで、立つことやストレッチが心地よくなってくる日が必ず来ます。そして、ぜひ1日合計30分でもいいので歩いてみてください。歩くことでより一層筋肉が動き、体全体が活性化されます。「座る・立つ・歩く」をバランスよく取り入れることが、在宅ワークなど働き方が多様化する現代の新しいセルフケア習慣になると思います。