本社移転はカルチャー変革のための実験。「KOKUYO HQ」に込めたこれからの働き方
2026年5月、コクヨは新本社「KOKUYO HQ」を開設しました。90年ぶりとなる本社移転で目指したのは、働き方や社員同士の関係性、企業カルチャーそのものを変えていくこと。その背景にある思想を深掘りします。
この記事は約8分で読めます
INDEX
Profile
新居 臨(あらい・のぞむ)
ヒューマン&カルチャー本部 働き方改革推進総務部
大西 理人(おおにし・りひと)
グローバルワークプレイス事業本部 スペースソリューション本部
本社移転は、働き方と組織文化を変えるための投資
本社移転プロジェクトを率いた新居 臨。今回は東西合同のプロジェクトとして、品川オフィス「THE CAMPUS」のノウハウを大阪にも活かしました
―まず、今回の本社移転の背景や狙いは何でしょうか。
新居:今回の本社移転は、コクヨにとって非常に大きな投資です。その目的は、コクヨの持続的成長に向けて、会社の在り方そのものを変えていくことにあります。
私たちは長期ビジョン「CCC2030(※)」のなかで、2030年までに売上高5,000億円を目指すという目標を掲げています。ただ、その数字を実現するには、事業の成長だけでなく、社員の働き方や組織文化そのものを変えていく必要があります。
昨年度、創業120周年を機に「好奇心を人生に」というコーポレートメッセージを発信し、コクヨが目指す社会像として「自律協働社会」という考え方も示してきました。「KOKUYO HQ」は、そうした変化の方向性を、実際の働く場で体現していくための場所だと考えています。
私たちが「KOKUYO HQ」で取り組みたいのは、人と会社の関係性を変えるための実験です。従来の企業には、雇用する側とされる側という、どこか従属的な関係が残っていました。上司に言われたから従う、会社に所属しているから我慢する。そうした関係ではなく、好奇心を起点に人がつながり、自律的に動きながら協働できる関係性をつくりたいと考えています。
そのためには、心理的安全性が高く、自分の考えや思いを実現できる環境や支援が必要です。これまで大阪の梅田と新深江に分かれていた拠点を一つの場所に集めたのも、事業とコーポレートの分断をなくし、互いを理解し、支え合いながら働ける状態をつくるためです。
※変化する顧客ニーズを捉えて事業領域を拡大し、働き方や学び方の新しい体験を次々と生み出していくことで、持続的な成長を目指す長期経営計画
―旧本社で感じていた、働き方や組織文化の課題はありましたか。
新居:以前の本社は固定席が中心で、一人ひとりのスペースも十分に確保されていました。ワーカー個人にとっては快適な環境だったと思います。ただ、その快適さが必ずしも新しい行動やコミュニケーションを生み出していたわけではありません。
「KOKUYO HQ」では「自分の席」という考え方をなくし、その日、その時間、自分が取り組む業務に合った場所を自分で選ぶ働き方にしています。「自分で選び、自分で動く」という行動の積み重ねが、意識やカルチャーの変化につながると考えています。
―「KOKUYO HQ」という名称には、どのような思いを込められたのでしょうか。
新居:コクヨは長い歴史の中で、関西経済界に支えられ、育てていただいた会社です。経営としてもルーツである大阪をこれからも大事にしていき、さらに盛り上げていきたいという強い思いがありました。
その思いを受けて、今回の移転にあたっては、「この大阪がコクヨの本社である」ということを社内外に強く伝える必要があると考えました。そこで出てきたのが「HQ」です。英語で本社を意味する「Headquarter」を示す言葉としてシンプルで、お客様にも社員にも呼びやすい。品川オフィスの「THE CAMPUS」が“キャンパス”と呼ばれているように、大阪の新本社も“エイチキュー”と自然に呼ばれる存在にしたかったんです。
「KOKUYO HQ」ロゴ。KOKUYOの両脇をHQが支えるようデザインされています。大阪に本社を置き続ける覚悟と、ここから働き方や組織文化を変えていく意思を込めています
カルチャー変革は、言葉ではなく「体験」から始まる
―「KOKUYO HQ」を通じて、どのような企業カルチャーをつくっていきたいと考えていますか。
新居:一言で言えば、前向きに新しい挑戦ができるカルチャーです。従来の「雇用する・される」「上司がいて評価される」という関係は、減点方式になりやすい面があります。「怒られるからやめておこう」「自分は違うと思うけれど、上司が言った通りにしよう」といったイメージです。
そうではなく、上司や部下、社内外の立場を越えて、フラットにコミュニケーションできる状態を目指したいと考えています。困っている人がいれば一緒に考え、意見が違っても会社や事業のために率直に伝え合える。失敗しても受け止め、もう一度挑戦できる関係性をつくっていきたいですね。
ただ、こうした思いは言葉で伝えるだけではなかなか浸透しません。だからこそ「KOKUYO HQ」では、「そういうことをやっていいんだ」と社員自身が体感できる機会をつくることが重要だと考えています。
カルチャー変革にはさまざまな方法がありますが、私たちが大切にしたいのは、まず体験してもらうことです。この会社にはこれだけの自由度があるのだと社員自身が感じることが、意識や行動を変えるきっかけになると思っています。
―働き方やコミュニケーションを変えるうえで、空間はどのような役割を担えるのでしょうか。
新居:私たちは、「働き方が人の意識や行動を変え、良い働き方が良い企業につながり、良い社会につながっていく」と信じています。これはコクヨにとって、揺るぎない考え方です。
もちろん、少ない時間で最大のアウトプットを出すという生産性の考え方も大切です。ですが、コクヨはそれだけを追いかける会社ではありません。少しウェットで、非効率に見えることも大切にしています。好奇心や自分の関心をきっかけに新しい関係性が生まれる。そうした自律協働的なつながりこそが、良い企業、そして良い社会につながると考えています。
「KOKUYO HQ」は、そうした働き方を実現するための場所です。例えば、多目的エリアには鉄板を配置し、お好み焼きなどの「食」を通じて交流が生まれる仕掛けをつくりました。小さな体験に見えるかもしれませんが、その積み重ねが人と人の距離を変え、組織文化を変えていくのだと思います。
「働く」だけではない場所が、行動を変える
「KOKUYO HQ」の企画・設計、デザインをリードした大西 理人
―カルチャーを変えるためのオフィスを設計するにあたり、まず意識したことは何でしたか。
大西:私たちは「THE CAMPUS」を通じて、「体験」が人を変え、カルチャーを変えていくことにつながるという経験をしてきました。だから「KOKUYO HQ」でも、このオフィスの中にどれだけ新しい体験を生み出せるかを意識しています。
今回、「KOKUYO HQ」のコンセプトとして掲げたのが「Promenade of Discovery」です。日本語にすると「発見の散歩道」です。オフィス内を歩く中で、いろいろな人や体験に出会い、小さな発見が生まれる。そうした空間を目指しました。
―抽象的なカルチャーを空間に落とし込むうえで、難しかったことはありますか。
大西:まずはプロジェクトメンバーで、「このオフィスでどんな体験や活動をしたいか」を話し合うところから始めました。働くだけでなく、暮らす、学ぶ、さらには遊ぶこともできる場所にしたい。ここでどんなことが起これば、それぞれの領域を越え、新しいことにチャレンジできていると言えるのかを洗い出していきました。
一方で、楽しいアイデアを出すことと、それを実際に使われる場所にすることは別です。「KOKUYO HQ」には、先ほどの新居の話にもあったとおり、鉄板があるエリアがあるのですが、他にもジムのようなスペースもあります。それらも「おもしろいね」で終わらせず、日常的に使われる場にする必要がありました。
そのために意識したのが、場を単一機能にしないことです。ジムを「体を動かす場所」と限定してしまうと、就業時間中は使われにくくなります。だから、昼間はミーティングもできる機能を重ねることで、日常の中で自然に使われる場になるように設計しています。
身体を動かすだけではなく、ミーティングやミニワークショップにも活用できるジムエリア。用途を限定しないことで、多様な使い方を促しています
―「KOKUYO HQ」の空間設計の中で、とくにコクヨらしさが表れている部分はどこでしょうか。
大西:一つは、オフィスの約半分を「働く場」以外に使っていることです。正確には47%を、カフェやホール、体を動かす場所など、多様な体験のための場所にしています。
これはかなり思い切った設計ですが、「KOKUYO HQ」で大切にしているのは、社員にいろいろな体験や発見をしてもらうことです。働く席を増やすだけなら、ここまでの面積は必要ありません。けれど、組織文化を変えるには、偶発的な出会いや、普段とは違う行動が生まれる余白が必要です。
もう一つは、ストーリーのある空間づくりです。空間の随所にコクヨらしさを表現したデザインや歴史展示があります。単なる年表にそった歴史展示などではなく、「コクヨはこんなにいろいろなことをやってきたんだ」と体感として伝わるようにしています。新しい挑戦は、過去の積み重ねの上にある。そのことを、お客様にも社員にも感じてもらいたいと思っています。
完成形ではなく、ともに変わっていく姿を見せる
―「KOKUYO HQ」はライブオフィスとしても大きな役割を持っています。お客様には、どのような気づきを持ち帰ってほしいですか。
大西:「こんな空間にしたい」「この家具が欲しい」と思っていただくことも、もちろんありがたいです。ですが、それ以上に、「KOKUYO HQ」での体験を通じて、「コクヨっておもしろい会社だな」「あんなことをやっている人たちが好きだ」「一緒に何かをやってみたい」と感じていただけたらうれしいですね。
―働き方や企業カルチャーを変えたいと考えている企業に対して、「KOKUYO HQ」を通じて一番伝えたいことは何でしょうか。
大西:先生のように「これからのオフィスはこうした方がいいですよ」と答えを提示するというより、私たちの体験を伝えながら、「一緒に変わりましょう」と言いたいです。
私たち自身も「KOKUYO HQ」で成長しようとしている途中です。完成形を見せるのではなく、成長していく姿を見ていただきながら、皆さんと一緒に体験づくりをしていく。そういう関係がつくれたらいいですね。
新居:「KOKUYO HQ」は、単なる新しいオフィスではありません。働き方を変え、社員の行動を変え、企業カルチャーを変えていくための実験の場です。ここで起こる変化を、私たち自身が体験しながら、お客様とも共有していきたいと思っています。