品川国際映画祭出展
コクヨが問いかける
これからの豊かさ

品川国際映画祭出展 コクヨが問いかける これからの豊かさ サムネイル

合理性を大切にしてきた企業が、コントロールできない「好奇心」を真ん中に置くとき、何が生まれるのか。
品川国際映画祭に初出展したコクヨの短編映画と、現代美術家・布施琳太郎さんとのトークセッションから、私たちが問いかける新しい豊かさのかたちに迫ります。

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Profile

安永 哲郎 Profile

安永 哲郎(やすなが・てつろう)

コクヨ株式会社
経営企画本部 クリエイティブセンター

1999年入社。
「THE CAMPUS」をはじめ、さまざまな場・体験・コミュニティにまつわるコンセプトデザイン、コンテンツディレクションを行う。
CIリニューアルのプロジェクトでは、クリエイティブディレクターとして、ブランド戦略やコンセプト設計などを担当。

布施 琳太郎 Profile

布施 琳太郎(ふせ・りんたろう)

アーティスト、現代美術家。

1994年生まれ。
東京藝術大学大学院映像研究科修了。
自身の詩や批評、プログラムに基づいて、映像作品やウェブサイト、展覧会のキュレーション、書籍の出版、イベント企画などを行っている。

都市の隙間で生まれる体験──コクヨが「ヨコク」する未来

2025年11月10日から11月15日までの6日間、品川インターシティ・品川グランドコモンズにて、今年で7回目となる「品川国際映画祭」が開催されました。品川にオフィスのあるコクヨが今回初参加し、好奇心をテーマに制作した短編映画「The Curiosity Films」を上映しました。

映画上映後、会場の熱気はそのままに、現代美術家の布施琳太郎さんとコクヨの安永哲郎によるトークセッションへ。

マイクを握った布施さんがまず触れたのは、品川という街の「音」についてでした。

「映画の音声の後ろで、電車の音や車の走行音が聞こえますよね。普段ならノイズとして排除されるものが、この映画祭では不思議と心地よいBGMになっています。都市の隙間にこういった時間が生まれること自体が現代アート的だと思いました」と、アウトドアシアターならではの雰囲気に触れました。

合理性の象徴であるはずのビジネス街の「ノイズ」が、アートによって肯定されるという視点に対し、安永は自分たちが作りたかったのは単なる「映像コンテンツ」ではなく、鑑賞する「体験」そのものであると強調した上で、リブランディングのプロセスで向き合った本質的な課題を次のように語り始めました。

「コクヨは長年、ノートや机という『モノ』を通じて信頼を得てきました。しかし、働き方や学び方が多様化する今、機能的な価値だけでは「コクヨらしさ」を伝えきれない。そんな課題に直面しています」
この課題を乗り越えるために生まれた新たなパーパスについて続けます。

「私たちは今、『ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする』というパーパスを掲げています。この『ヨコク』という言葉には、まだ見ぬ未来への期待と希望が込められています。映画を見た時に感じる心の動きのようなものを社会と共有したかったのです」
だから、説明的なCMではなく、観た人の心に「問い」が残るような映画という手法を選んだ、と語りました。

「理屈で語れないもの」を真ん中に置く選択

トークセッションは、コクヨのリブランディングの核である「好奇心」というテーマへと深まっていきました。

布施さんは、企業が「好奇心」を扱うことの難しさを次のように指摘しました。
「好奇心はコントロールできないし、役に立つかどうかもわからない。そして、いつ終わるかもわからない。企業活動は『計画・実行・評価』のサイクルですが、好奇心はその外側に存在するものですよね」

企業が求めがちな「合理性」や「予測可能性」と、好奇心が持つ「不確実性」との間に根本的な対立が存在するという布施さんの見解に対し、安永は社内でもその葛藤があったことを振り返りつつ、あえてそこに踏み込んだ理由を次の通り語りました。

「私たちもそれについて議論してきました。しかし、だからこそコクヨがやる意味があると思ったんです。生産性や合理化を突き詰めてきた企業の立場から、あえて『理屈で語れないもの』や『遊び心』を真ん中に置く。それが、これからの時代の豊かさなのではないでしょうか」

として、長年「合理性」を大切にしてきた企業が「遊び心」という名の不確実性を戦略的に受け入れることで、新しい時代の豊かさを生み出せると述べました。

箱の中身から「生き方」そのものへ

品川国際映画祭 シーン6

左からインタビュー後の安永、布施さん

対談の後半、布施さんはコクヨという企業の「変化」について自身の解釈を次のように投げかけました。

「昔のコクヨは、オフィスという『箱』の中身を作る会社だったと思っています。しかし今は、都市そのものや、人の『生き方』そのものに関わろうとしています。コクヨという会社自体がひとつのメディアになって、都市に新しい文脈を書き込んでいるように見えます」

文具やオフィス家具という「モノ」の提供者から、都市空間や人々の体験そのものをデザインする存在へ──布施さんの言葉は、コクヨの変容を「企業のメディア化」という視点で捉え直すものでした。

これに対し、安永は深く頷きながら次のように続けました。

「文具・オフィス家具メーカーから、ワークとライフの境界線を溶かしスタイルを提案していく企業へ変わろうとしています。コクヨが届けたいのは、商品やサービスを通して生まれる『体験の価値』です。この場所でともに映画を見て、何かしらの感情が動いたなら、それがコクヨの思い描く『価値』そのものです」と回答。

二人の対話は、ビジネスとアートの垣根を越え、生産性や合理性だけでは測れない価値について語り合う場となりました。