サインペンに眠る技術を活かせ
KOKUYO WP ファインライター開発秘話

サインペンに眠る技術を活かせKOKUYO WP ファインライター開発秘話

発売以来、文具ファンの間で話題を集める「KOKUYO WP」のファインライター。コンセプト設計の裏側や製品にかける思いを、開発者の土岐一貴さんに伺いました。

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Profile

土岐一貴さん

土岐一貴さん

コクヨ株式会社 グローバルステーショナリー事業本部
マーケティング部 商品戦略グループ

関西の某筆記具メーカーで筆記具の開発に携わった後に、コクヨへ。「KOKUYO WP」の開発をリードする。

普通にボールペンをつくるだけでは、勝てない

──コクヨが高級筆記具を本格的に開発すると聞いたとき、率直にどう思われましたか?

土岐:実は、太芯のシャープペンなどニッチな筆記具はそれまでもつくっていたので、特別不思議には思いませんでした。ただ当時から今に至るまで強く感じていたのが、他の筆記具メーカーさんと同じようなボールペンをつくっても、勝てないということ。

誤解を恐れずに言えば、筆記具のスペックはもう“どんぐりの背比べ”なんです。たとえ「インクを濃くしました」「滑らかに書けるようにしました」とメーカーが伝えても、既存製品の品質がおしなべて高いので、お客さんにはその違いが分からない。

だから、摩擦係数や筆圧のような細かなスペックで争うのは、レッドオーシャンに自ら飛び込むようなものだと。むしろ「書くという感覚から、丸ごと変えてしまわないといけない」と思っていました。

──書く感覚自体を変える。お聞きするに、なかなか難しそうなイメージですが、具体的にはどこに突破口を見い出したのでしょう?

土岐:既存の商品の「認知を変える」ことで、まったく新しい筆記具を生み出せるのではないかと考えました。この問いがファインライターという製品に結実しました(※)。

※……KOKUYO WPシリーズからは、ファインライターと同じタイミングで水性ボールペンの「ローラーボール」も発売されている。

注目したのがミリペンです。ミリペンは細字のサインペンで、「リーズナブル」というイメージも根強く、実際に安価な製品も多いのですが、中にはプロのクリエイターが使うものもあります。

例えば、線幅のバリエーションが豊富でミリ単位の線を引けるため、イラストレーターさんに愛用されています。

このミリペンの書き味の良さを活かし、「普段使いする筆記具」として再定義すれば、ボールペンとは違う価値が生み出せるんじゃないかと。

──既存の筆記具にヒントが隠されていたと。

土岐:そうですね。ミリペンやサインペンのインクが出る構造は、抽象化すると万年筆にも近いんです。

万年筆のようにペン先の細い隙間をインクが伝う「毛細管現象」でインクが染み出していく。一方のミリペンのペン先は樹脂製ですが、雪の結晶のようなスリットがあり、そこをインクが直接伝っていく。だから筆圧をかけることなく、紙にペン先を当てるだけでインクが落ちていく。

一般的なゲルボールペンとファインライター

このミリペンやサインペンに広く使われていた技術が、「普段使いする筆記具」にはあまり使われていなかった。ここに着目できたのが、すごく幸運でしたね。

──サインペンの技術を活用しながら、ボールペンでもサインペンでもない新しい筆記具をつくるということですよね。しかしその価値を、社内・外にどう伝えていったのでしょうか?

土岐:普通の筆記具ならスペックで書き心地を伝えます。しかし私たちはそこをあえて伝えず、お客さんの感覚に委ねた。そのうえで、「書き心地の良さは、何から生まれるのか」と、説明の抽象度を上げました。

「他のペンより軽く書けます」ではなく、「紙にペン先を当てると、インクが染み込みます。だから書き心地がいいんです」と。この説明だと、どの筆記具と比べてどこがどう優れているという見え方にはならない。

「サインペンやボールペンよりも書き心地が良い」わけではなく、そもそも比較せずにインクの出方を伝える。この「比較しない」という手法が、ファインライターの価値を理解してもらうのに役立ったと思います。

実は、ペン先に摩耗しにくい素材を使うなど、細かな機能上のこだわりはあるのですが、それらは強調していません。あくまで「新しい書き心地です」と伝えるに留めました。

“うまくいかない”をチャンスに変える

──そう聞くと、ファインライターは最初から明快なコンセプトがあったようにも思えます。

土岐:いえ、実はここへ至るまでに紆余曲折があって……。

当初は「紙とそれに合うペンを組み合わせて書き心地の幅を広げよう」というコンセプトで開発を進めていました。

その「紙」として開発されたのが「ペルパネプ(PERPANEP)」という製品です。ツルツル・さらさら・ザラザラという質感の異なる紙を使ったノートで、質感ごとに3種類の製品を展開していました。

それらの紙にぴったり合うペンを、それぞれ用意すれば「新しい書き心地」が得られるのではないか、と。ツルツルにはファインライター、ザラザラには万年筆、さらさらにはボールペン……というように。

ファインライターの価値を社内・外にどう説明しようかと悩んだ末に出した答えが、この「ペルパネプと3つのペン」でした。

──なるほど、紙と組み合わせることで価値を伝えようとした、と。

土岐:そうですね。ただ、複雑にしすぎたことが反省点です。商品自体は良かったのですが、思い通りの組み合わせが伝わる結果にはなりませんでした。

──「紙とペンの組み合わせ次第で新たな書き心地が得られる」という価値が、ユーザーにはあまり受け入れられなかったと。

土岐:そうなのかもしれません。要素が多すぎると伝わらない。それで結局KOKUYO WPのファインライターは、ペルパネプから切り離される形となりました。

でも私は、この機会をむしろチャンスだと捉えたんです。

──なぜでしょう?

土岐:紙と切り離すことで、筆記具側の独自の価値を訴求できるかもしれないと思ったからです。それが冒頭にお話しした「筆記具の再定義」というコンセプトにつながっていきました。

それともう一つ、ペルパネプの販促でクラウドファンディングサービス「Makuake」を活用したことで、ユーザーや売り方の幅が広がりました。量販店様に商品を置いてもらうだけでは届けられない、新しいお客さんと接触できるようになった。この成果を、ファインライターでも活かせないかと。

実際、ファインライターの販促では、Makuakeの反響を見ながら、どの部分をどう打ち出せばいいか細かく調整していました。

──そんな背景があったとは。「ペルパネプと3つのペン」という“前哨戦”があったからこそ、現在のファインライターは生まれたわけですね。

土岐:そうですね。実はペルパネプの開発時にテーマが統合された関係で、ファインライターの開発も一度ペンディングになりかけていたのですが、私自身が「このままにしておけない」と社内・外を奔走しました。当時はなんでもやっていたので、リーダーかどうかすら怪しい立ち位置だったのですが(笑)。

土岐一貴さん

AI時代にも生き残る、「考えるための道具」へ

──「まったく新しい筆記具」として世に生まれたファインライターですが、ローラーボールも含めた「KOKUYO WP」のブランドとして今後さらにユーザーを広げていく上で、どのように価値を伝えていきたいですか?

土岐:「考えをサッと書き出せる」という価値を伝えていきたいと考えています。

ペルパネプで「紙とペンを組み合わせることによる新たな書き心地」を目指したように、元来このプロジェクトには「書くことの意義を追求する」という目的があります。パソコンやスマホに文字をいくらでも打ち込める時代、紙に文字を書くことの価値とは何か。それはコマンドを考えず、スムーズに「ゼロイチ」のアウトプットができることだと思っているんです。

今後、あらゆる作業をAIが代替する中、人間にとって大事なのは「考えること」であり、考えるための筆記具としてKOKUYO WPを位置付けたい。その上で、他の筆記具との使い分け方や具体的な利用シーンも併せて伝えたいと考えています。

──先ほど「他の筆記具と比較しない」というお話も出ましたが、ここにきて「他の筆記具との違い」をあえて打ち出すようになったというのは興味深いですね。

土岐:単純な比較ではなく「使い分け方」を伝えたいという意図ですね。

文具好きの方々は、無意識のうちにシチュエーションによって文具を使い分けているはずです。

ユーザーインタビューからの仮説では、本当にサッと書きたいときはボールペン。丁寧に気持ちを乗せて書きたいときは万年筆。こういう使い分けがあるので、KOKUYO WPは「気持ちを乗せつつサッと考えを書き出したいとき」というシチュエーションを設定しました。

例えば、万年筆は書く際にキャップを開けてペン先の向きを確認するといった「儀式」があって、それが魅力でもあります。ただ、一回一回確認していると、そこで思考が少し止まってしまいます。

一方、ボールペンはスピーディーに書けるというメリットがあるのですが、ペンを寝かせて書くとインクがかすれやすく、書くシチュエーションを案外選びます。

その点KOKUYO WPなら、シチュエーションを選ばず、サッと考えを書き留められる。この思考を止めず、自由にアウトプットできるのは、考える行為においてすごく重要だと考えています。

それに、線幅の強弱も出しやすいので、アイデアを羅列するようにサッと書き出して後から見返すと、無意識に気持ちが強くなった箇所の線が太くなっていたり、濃淡が生まれていたりするんです。自分の頭の中の熱量が、そのまま線の表情として紙に映し出されます。

ファインライター

──シチュエーションをここまで定義した上で開発されているとは、驚きでした。

土岐:ブラッシュアップしながら、やっとここまでたどり着いたという感覚です。今回は特にまったく新しい筆記具を開発したこともあり、当初から「何のためにつくるのか」「この製品をどうしていきたいのか」を、社内でずっと問われ続けました。

その問いを持ち続け、書き心地の「その先」を見据えながら、今後は「思考を広げる道具」としてKOKUYO WPの良さを伝えていきたいですね。

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