書くことは「考えること」そのもの。
松浦弥太郎がペンを使い続ける理由

書くことは「考えること」そのもの。松浦弥太郎がペンを使い続ける理由

“思考を整理する”コクヨこだわりの筆記具ブランド「KOKUYO WP」を使い、書くことを実践している方々に、その魅力と可能性についてお話を伺います。

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「思考を整理する」というコンセプトのもと、2023年に誕生したコクヨこだわりの筆記具ブランド「KOKUYO WP」。書き手の動きにあわせて表情を変える筆致が特長の“ファインライター”というカテゴリーで、「書くこと」そのものに夢中になれるペンとして、多くのファンに親しまれています。9月2日には、既存のシルバー、ブラックに加えてディープブルー、ディープグリーン、ディープレッドのという3色を加えて、バージョンアップしたばかり。 そんな「KOKUYO WP」を日頃から使って「書くこと」を実践している方々に、書くことの魅力と可能性について、お話を伺っていきます。今回は、エッセイストやブランドディレクター、経営者、編集者など、多彩な顔を持つ松浦弥太郎さん。どんな仕事もアナログに書くことから思考をスタートするという松浦さんならではの「書くこと」の意義や魅力に迫ります。

Profile

松浦弥太郎さん

松浦弥太郎さん

エッセイスト

2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COW BOOKS」を中目黒にオープン。2005年からの9年間『暮しの手帖』編集長を務める。その後、IT 業界に転じ、 (株)おいしい健康取締役就任。2016年より公益財団法人東京 子ども図書館役員も務める。ほかに、ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。『DEAN & DELUCA MAGAZINE』編集長。映画『場所はいつも旅先だった』監督作品。2025年より「PAPAS」のクリエイティブオフィサーに就任。著書に『今日もていねいに』(PHPエディターズ)、『しごとのきほん くらしのきほん100』(マガジンハウス)、『エッセイストのように生きる』(光文社)など、多数。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、楽しさやゆたかさ、学びについての執筆や活動を続ける。

朝起きてから夜寝るまで、つねに手の届く範囲にペンがある

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──松浦さんにとって、「書くこと」は生活と切っても切り離せないものだと思います。

松浦:文章を書くときも、クリエイティブな仕事をする場合も、それを支えるのはさまざまなアイデアで、それは日常の暮らしのなかの些細な気付きや関心、好奇心から生まれてくるのだと思います。そして、そのアイデアをつねに手で書くというのが、僕の仕事の最初のプロセスです。

もちろんパソコンも使いますが、どんな仕事も最初は手で書くことから始まります。原稿を書く場合にも、一度手で書いた文章をパソコンに打つ。だから、僕は一日中なにかを書いていると言ってもいいかもしれません。それは必ずしも長い文章というわけではなくて、断片的なメモのようなものも多くあります。

──書くためのペンも、生活における不可欠なものであるわけですね。

松浦:いつでも思いついたことを紙に書けるように、朝起きてから夜寝るまで、手の届く場所にペンを置いています。食事の時でさえ、手元にペンを置いておくほどです。それくらい、僕にとってペンというものは生活においてないと困るものであるし、そのペンになにか不便があるとすごく困る。今の時代、ないと困るものといえばスマホかもしれませんが、僕の場合はむしろペンがないと困るわけです。

だから、いつもペンを探しています。何十年と長く愛用しているものもあるし、「KOKUYO WP」のように新しくお気に入りになるものもあって、今日はどれを使おうかと、日々迷いながら暮らしています。それが書きやすいものなら一番いいですし、楽しければ書くことが習慣になっていきます。

──どうして、手で書くことにこだわるのでしょうか?

松浦:書くことで身体的な経験が積み重なっていくというのが重要かもしれません。どんなつまらない落書きであっても、なにかのアイデアに結びついて役に立つかもしれない。アイデアというのは、ある日突然生み出そうとしても、そう上手くはいきません。時間が経って書いたものを見返してみると、良かったと思うこともたくさんある。小さなメモが重なり合い、いつか自分なりのアウトプットにつながるのだと、僕は信じているんです。

──手で書くからこそ、その感覚が積み重なっていくと。

松浦:小さなメモがフィジカルな経験として蓄積されて、なんらかのアイデアの燃料になったり、言語化につながっていくんです。また、日常のなかで起こるインプットと、書くことによるアウトプットが心のなかで循環するということが、ささやかなメンタルケアにもなっていると思います。書くことによって落ち着いたり、安心したり、あるいは自分の状態を知ることにもつながる。僕はコンディションを整えるために毎日ランニングをしていますが、同じように書くという行為にも言語化のトレーニングに近いような感覚があります。

「書いて伝える」ということを失ってはいけない

松浦弥太郎さん

──松浦さんの人生において、手で書くということはずっと当たり前にあったのでしょうか。

松浦:打ち合わせのための資料をつくるときに、今でもたまに手書きのものを使っています。かつてさまざまな企業への企画プレゼンを行ってきましたが、そのほとんどの資料を手書きでつくっていました。最初はびっくりされましたが、結果としていいコミュニケーションが生まれました。もはや、必殺技ですね。

手書きの資料は、字が汚くて読めない時もあったりして、それも面白さだったりしました。汚くてもいい。話し言葉と同じです。それこそが、コミュニケーションなんだと思います。あらゆる機能がAIに置き換わっていく時代ですが、そちらが正しいという世の中になっていくことに、僕は怖さを感じています。

──手で書くからこそ、その人らしさが見えてくるような気がします。

松浦:人の手で書かれたものには、そうそう嘘がないと思います。人は嘘を書けないし、書こうとしない。これだけ情報にあふれた時代、あるいはフェイクが蔓延する時代に、手紙にしてもメモにしても、それらは嘘のないものだと思うんです。

それに、手書きのものからは、書いた人の人間味が感じられます。几帳面な人だとか大雑把だとか、人間味を知ることができる喜びがある。デジタル化された、記号化されたもので判断せざるを得ない時代だからこそ、こういう人間味が感じられる存在は貴重なものだと思います。友だちから届いた手紙なんて絶対に捨てられないですからね。お守りのような存在です。

──手で書くことにためらいがあるという方も多いと思います。

松浦:どうして手書きをしなくなったかというと、「自分は字が汚い」と考える人が増えたからです。パソコンには必ずフォントがあって、どれも整っていて綺麗じゃないですか。でも、普段から書く文字が綺麗である必要はないと思っています。

僕も最初は「文字は綺麗であるべきだ」という固定観念に苦しんできました。でも、社会人になって、先生や先輩が書く文字を見ていると、意外とみんな下手だったんですね。それで、これでいいんだと思えた。だから、字が綺麗じゃなくてもいいということを、僕は世の中に伝えたい。タイピングには勝てない美しさが、手書きの文字にはあるんです。

書くことは考えること、そして立ち止まること。

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──書くにしても話すにしても、松浦さんからはたくさんのアイデアがすぐに出てくるように感じるのですが、それは普段から準備をしているからなのでしょうか?

松浦:もしかすると、普段から思うままに書いているからこそ、同じように思ったまま話せるというのはあるかもしれません。でも、書くときも話すときも、どう言語化したらよいか困ることがよくあります。その困るということが、クリエイティブの動機でもあるわけです。楽には話せないし、簡単にはかたちにならない。むしろ、困らないとスイッチが入らない。そういう感覚を信じている部分もあるんです。

──困ることでスイッチが入るのですね。書くことにおいても、そういうきっかけから生まれるものがある、と。

松浦:僕にとって書くことはとても楽しいことで、日常的にあるものです。そんな書くことにおいて大切なことは、立ち止まるということだと思います。日々仕事や暮らしをしていると、次々にやることが出てきて、効率化された思考を求められるわけですが、そんな時間のなかで、たまに立ち止まるということが必要になってくる。僕らは機械じゃないから、動き続けられないし、働き続けると故障しますよね。だから、動き続けなくていいし、書くことによって立ち止まることができる。

散歩をしていて、なにかを思いついてノートに書くときって、必ず足を止めるじゃないですか。みなさんも、こうした立ち止まる瞬間を一日に何度かつくるようにして、そのとき頭に浮かんだものを書いてみるといいと思います。

──特に今の時代は、立ち止まるきっかけが少ないようにも感じます。

松浦:普段の生活では、ルールとか環境とか、その社会の中で、自分自身の優先度を下げる必要があります。主体性を失ってはいないけれど、どうしても低くなってしまう。そんなとき、書く行為によって、自分に戻ることができるんですよね。書くことによって自分の内側を見つめることができるし、書くということは誰かにコントロールされるものではない。書くことで主体性を取り戻す時間がやはり一日に何度かあってほしいと思うんです。

──それは「KOKUYO WP」のコンセプトでもある「書くことで思考を整理する」という考え方にも通ずるものだと思いました。

松浦:書くことは、つまり考えるということです。これからの時代、手を使って書かなくても生きていける時代になるかもしれませんが、そうなると仕事にせよ生活にせよ、誰かの役に立つことはできるかもしれませんが、それが必ずしも自分のためになるとは限りません。書くことだけではないかもしれませんが、自分のために役立つということを、意識的に守っていかないといけないと思うんです。

デジタルツールも生活には絶対に必要だと思いますが、テクノロジーが発展するほど、自ら手を動かすような時間をバランスよく残していかなければ、主体性がなくなってしまう。だからこそ、僕は書くという行為をずっと大事にしていきたいんだと思います。

松浦弥太郎さん

松浦弥太郎さん